アロエとは

アロエとは、ユリ科アロエ属植物の総称で、現在その変種や交配品種まで含めると、300種近くが知られており、そのうち約200種ぐらいが日本にもあります。

 

いずれも常緑多年生で、その葉は多肉質で、先端は固く槍のようにとがっています。
葉の色は、グレーから明るい緑色までいろいろあり、なかには縞模様のついたものもあります。

 

大きさも、アフリカ大陸にみられるような高さ20mに達する巨大なものから、手のひらに乗るような小さいものまで色々とバラエティーに富んでいます。

 

早春の頃、葉のついていない茎の先端に、筒型をした房状の黄色または赤色の花を咲かせます。

 

アロエの原産地は、アフリカ大陸の南部および、東南部、マダガスカル島あたりだと推定されています。
そのほか地中海沿岸、アラビア半島、西インド諸島、カナリア諸島にも広く分布しています。

 

とにかくアロエは、もともとは熱帯、亜熱帯に自生する植物であったのが、薬用あるいは、観賞用植物として世界各地に広まったわけです。
その過程で、環境に順応して、その形態を変えてアロエの特性と、自然交雑とがあいまって、いろいろな種類ができていったようです。

 

アロエは、サボテンなどと同様に、一年中ほとんど雨の降らない砂漠のような乾燥地でも、生きていくことができます。

 

これはサボテンやアロエなどの乾燥性植物は、過剰な水分の蒸発を防止調節するための葉の気功を閉ざすことが出来る機能を持っているからです。

 

そして、ほとんどすべての乾燥性植物は葉が傷ついたり、折れたりすると、葉の内部に含まれる物質が特別な化学反応を起こし、ただちに傷口から樹液が流出するのを止めます。

 

折れてとれてしまった小片のほうも同じで、この化学反応によってすぐに葉の傷口をふさいで水分の蒸発を止めることができ、数日間は緑のまま保ちます。
熱帯地帯に生きる植物の知恵と言えましょう。

 

古代人たちは、アロエが葉についた傷をすぐ治してしまうのを見て、これなら人間の傷や、やけどを治すのにも効くだろうと思ったのかもしれません。

 

そしてアロエのいくつかの種類は、「薬の木」、「医者いらず」、「やけどの木」と呼ばれ医療に使われてきました。

 

さてアロエは、英国、フランス、イタリア、スペインなどヨーロッパでは、aloeあるいは、aloesの名前で呼ばれています。

 

その語源は、「にがみ」を意味するアラビア語のalloeh、あるいはヘブライ語のallolだと言われています。

 

古代人も、あのアロエ独特の苦味が印象的だったのでしょう。
とにかく、アラビア半島の西部に住んでいた人たちが、アフリカ大陸から入ってきた傷を治すにがい不思議な植物につけた名前が、今日のアロエの語源になったと考えられます。

 

アロエが薬用として使われた歴史は古く、ピラミッドの中から発見された古代エジプト最大の医学書「エーペルス・パピルス」(紀元前1550年)にすでに記載され、すでに防腐剤としてミイラの製造や眼病の治療に使われていたことがわかります。

 

そしてギリシャ時代には苦味健胃薬として盛んに使われ、ローマ時代になると、「ギリシャ本草」を著わした名医デオスコリデスによって、今日に伝わるいろいろなアロエの薬効が紹介されました。

 

続いて中世になると、アロエの薬効を知った神父や修道僧が、常備薬として持ち歩き、広くヨーロッパに広まりました。
そして、コロンブスらによって、この植物がアメリカ大陸にまで伝えられたのです。

 

アジアへは、ギリシャ時代マケドニアのアレキサンドロス大王の東征とともに、西南アジア一帯に広まり、そこからシルクロードをとおて、唐の時代に中国に入りました。

 

中国ではアロエの液汁を煮詰めて、乾燥固化した樹脂状のエキスを「蘆薈(ロカイ)」と呼び、化膿性皮膚病や、のぼせ、眼病、痔などの治療薬として使いました。

 

日本を初め、世界中で現在薬用アロエとして医療用に用いられるものはこの黒飴状に煮詰められたエキスです。
そして日本に渡来したのは鎌倉時代か室町時代だと言われています。

 

しかし奈良時代にすでに遣唐使によって伝えられていた、という説もあり、正確にはわかっていません。

 

そして盛んに使われるようになったのは、江戸時代に入ってからで、アロエについて解説した薬物書も多く見受けられます。

 

たとえば、「養生訓」で有名な貝原益軒は「大和本草」(1707年)の中で、「その味は、にがく臭いうえに、外見も悪いが、非常に苦いので虫を殺す作用がある。ロカイを食べて口が臭いときは、胡菜を食べれば臭みがとれる。」と述べています。

 

このほか、江戸中期の漢方医小野蘭山も、「本草綱目」の解説書の中で、アロエの効果や用法を紹介しています。

 

さらに、大阪の心斎橋筋に住んでいた医師・寺島良安は、わが国最初の図解百科事典「和漢三才図会」(1713年)のなかで、「本草綱目」のアロエの項を引用しています。

 

そのほか、平賀源内の「物類品隲(ぶつるいひんしつ)」(1763年)や、江戸末期の薬物書の「諸家妙薬集」や「懐中妙薬集」などにも書かれており、アロエはかなり広く、臨床治療に利用されていたようです。

 

このように中国、日本へと伝来してきたアロエを東洋医学では、高い評価を与え、苦味健胃剤、下剤、月経不順の通経剤、回虫駆除、虫歯、歯槽膿漏、小児のけいれんをともなう神経過敏症、解熱、湿疹の治療薬として受け入れ、長年、医療用の薬物として、使用してきました。

 

いっぽう民間では、煮詰めたエキスではなく、アロエの植物そのままを、捻挫、やけど、打ち身、切り傷、おでき、湿疹、あかぎれ、しもやけ、あせも、床ずれ、歯痛、口内炎、鼻炎、虫刺され、痔、ニキビ、肌荒れなどに外用薬として使い、二日酔い、乗り物酔い、便秘、かぜ、胃腸病、頭痛、冷え性、肩こりなどに内服と、日常のちょっとした病気の身近な薬として利用してきました。

 

そして、高血圧、糖尿病、低血圧、肝臓病、胃・十二指腸潰瘍、喘息といった長期治療を要する病気の治療補助剤として、その薬効が伝承され、民間薬として、現在でも広く利用されています。

 

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